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スリランカ

 2月19日、スリランカ人と会った。
 
 スリランカは、もう何十年も、約7割のシンハラ人、約2割のタミル人、そして約1割ムスリム、異なる民族がそれぞれの権利をめぐって紛争を続けてきた。09年に入ってから、政府軍はLTTEを壊滅させる最終局面に入ったという。
 軍事衝突が何人もの人を殺し、何万人と難民を出し、憎悪を生み出し続けている。
 
 その国から、9人のスリランカ人が日本に、私の大学にやってきた。
 外務省のプログラムで、シンハラ・タミル・ムスリムの3人ずつ合計9人で日本を旅させている。そのプログラムのひとつ、私が所属するゼミを中心としたワークショップが行われた。
 私の文化人類学ゼミの先生はスリランカ専門家。20年以上スリランカの研究を続け、平和と和解のために何が必要かをひたすらに考え続けている人。

 紛争の真っ只中の国からやってきた人に何を質問するべきか。どんな答えが返ってくるのか。
 準備段階で、すごく考えた。

 本の中、ネットの中だけの紛争じゃない。
 実際に自分がその国の人に質問を投げかけるのか、と思うと、準備段階からリアリティが全然違った。どうしてこんなことが起こるのか、どう彼らは感じているのか。思考が進んだ。

 実際にやってきた9人のスリランカ人。
 NGOの人とかジャーナリストとか地方の行政官とかというが、普通の南アジアのおっちゃんとお姉さんだ。

 あまりにもにこやかにHelloとか言うものだから、その普通さに違和感すら覚えた。
 この人たちの国で今殺し合いが行われているのか。信じられない。

 議論の中で、何回も、"rights"という言葉が飛んだ。
 とにかく権利がほしいのだ、と。それはタミル人・ムスリムの口からも、シンハラ人の口からも同様に飛んだ。権利。権利。権利。
 言葉や宗教や民族の違いそれ自体が致命的な問題では決してなくて、政治的な権利が欲しいのだ、と。それをめぐる争いなのだということはよくわかった。
 でもじゃあみんなに権利をあげなよ!!と言いたくなる。
 政治的権利を十分に与えること。共存すること。どうしてそんなに難しいのか。
 どうして普通の人が、権利のために殺人鬼になれるのか。
 まだまだわからない。

 議論中、私は気づかなかったけれど、終わってから先生は言った。「ずいぶん、慎重に話してましたね。言えないこともたくさんあったでしょうね。」と。
 議論の後に一緒にカレーを食べながら、タミル人の女性がこっそり言った。
 「ここでは言いたいことは言えないわ。シンハラ人が政府に告げ口したら自分の身が危ないの」
 ずいぶんと窮屈に、言いたいことを言えない環境の中で生きているのだと思った。
 スリランカでは、自分の身を守るために、かなり自分を抑えているのだ。
 ジャーナリストもNGOもすぐに殺されてしまう国だから。

 そして隣に座って仲良くなり、メアド交換をしたNGOのタミル人が言った。
 「死体の写真を送ってもいいかい? 君、こわくないかい?」と。
 
 スリランカで何が起きているかを伝えたいのだ、と彼は言った。
 たくさんの人が殺され、僕は怒っている。でも国内では報じられない。どんなひどいことが国で起こっているのか、知ってほしい。死体が町に転がっていたり、難民は狭い部屋に家族5人で暮らして15年も自分の故郷へ帰れない。ほんとにひどいのだ、と。
 彼は、議論の最後に一言だけ自分のangreeを伝えていた。でも議論の最中は、彼も言いたいことが言えなかったのだろう。

 私は、スリランカの真実を知りたいから、何でも送ってくれ、と言った。
 けれど、自分のPCメールに死体の写真が添付してくる状況を信じられないし、いやだ。
 
 この世界には、見なければならない悲劇が、まだまだあふれているのだろう。

 スリランカに注目していきたい。
 先生のフィールドであるから、そして、彼らがいるから。

 カレーを食べて仲良くなって、短い時間で、もうさようなら。
 バイバーイ!って明るく手を振り、彼らは去っていく。
 先輩が教え込んだ小島よしおの「だいじょぶだいじょぶー」も、うかれて叫びながら。

 どうか、元気でいてほしい。
 どうか、無事で。
 
 平和よ、来い。
 早く、来い。
 


 

 
 
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