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 話題としてはほぼ1ヶ月も前で今更な感じはしますが、ファルージャのゲームについて書きたいのです。

 コナミが協力開発したゲーム、Six days in Fallujah が販売を自粛したという。
 2004年11月のイラク・ファルージャでのアメリカ軍の作戦をゲーム化したもの。
 実際の米兵の協力を得て、現実に即し制作したという。

 平和を求める団体の多くが、このゲーム化を非難した。販売禁止を叫んだ。
 その理由は、虐殺をエンターテイメント化・美化・商業化することは無神経であること。米兵の遺族やイラクの人々が見たら苦痛を覚えること。報復感情を起こさせること。米兵の数々の非合法な作戦を承認してしまうおそれがあること。米兵の立場で虐殺を進めるつくりになっているから、アメリカの虐殺を正当化させるおそれがあること。などだ。

 理解できるのだ、とても。共感もするのだ。

 しかし、思う。あえて出すべきではないのか。

 平和を求める一人として、出すべきだと主張してみる。

 本当にそのゲームが米兵の証言に忠実に作成されたのであれば、米軍の虐殺の悲惨さを世界中に伝える力になると思うからだ。国際法で禁止されている白リン弾を使用したことも、軍人か文民か区別もつかないのに殺していたことも、そうやって普通に暮らしていたイラクの人が数千人も虐殺されたことも、銃を標的に撃ちまくる高揚感も、痛み以外リアルな現代のゲームに載せて、世に出したらいい。
 独裁からの解放だとか、民主主義と自由だとか、テロとの戦いだとか、イラクの人々のためだとか、そうやって大義を掲げてアメリカが兵を出し、その戦争を日本を初め多くの国が支持し、40カ国もが軍隊を派遣し、その結果のひとつとしてある悲惨なファルージャでの6日間。
 教科書よりも映画よりも、よりリアルな戦争の記憶となるだろう。
 戦争を止められなかった歴史の汚点、現在も占領・内戦が終わらない泥沼、アメリカや日本のおろかさ、人を殺していく恍惚を持つ人間のおろかさ、すべてを露呈してほしい。

 戦争の正当化にはつながらないと私は信じるのだ。
 すべてのおろかさを、世に問える。

 戦争の加担者でありながら、平和を享受し、その上で刺激を求め戦争ゲームを娯楽とする人々。
 その一方で、日常を奪われ死の恐怖とともに毎日を暮らし、痛みや悲しみにくれる人々。

 どちらも現実だ。
 不公正きわまりない。

 平和を享受して今生きる私は、戦争の加担者ではありたくないとただただ思う。
 戦争を支持する国にしてなるものか。
 憲法9条を捨ててなるものか。
 絶対的平和主義者だね、ふっと鼻で笑われようとも、そう思う。
 
 ゲームという戦争の記憶があってもいいと思う。
 戦争はおろかだ、繰り返してなるものか、そういう記憶としてあってほしい。
 
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