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 高畠に行ってきた。

 山形県の小さな町。有機農業を誇りに頑張っている人たちがいる町。

 今回私は確信した。私の理想とする農業はここにあると。

 高畠には、美しく強い人たちが生きている。
 
 秋津さんは言った。
 「私は農業をしているとは思っていない。ただ生きているだけだ。」と。

 自分たちで米と野菜を育て、自分たちで調理し、保存し、農機具も直し、家具も家電も直し、家具や身の回りのものも自分たちで作る。電気・ガス・水道が止まっても、薪で火をたけるし、小川から水をひいてこれる。石油が止まっても、昔の手動の農機具で農作業は続けていけるし、有機農業だから農薬・化学肥料がなくなっても何も困ることはない。
 本当の意味で「自立」している人たちなのだと思った。
 
 なんて強く、美しい人たちだろう。
 震災で露呈したように、都市生活者は電気・ガス・水道、食料の流通、交通インフラ、止まればとたんに都市機能は麻痺し、生活していけなくなる。
 なんて脆弱なことだろう。自分が情けなくなり、こわくもなった。
 それが社会組織を発達させ、種々の労働から解放してくれたけれど、それに代わり、あらゆるものに依存し、「自立」を失い、自分の力で生きていくことができなくなってしまう危うさと隣り合わせだ。

 お金さえあれば、ご飯は買える、水も飲める、暮らしていける。でもそれで忘れているのだ。お金では暮らしていけないことを。

 しっかりと自分の力で生きている姿、そしてそれを誇りに生きている姿に、心打たれた。

 秋津さんのもとには、途上国からの学生が学びにやってくる。
 日本には近代農業も発展しているにも関わらず、あえて、非近代の有機農業を学びにやってくるのだ。
 機械や農薬や遺伝子組み換え作物や種子を、外国の企業に依存し、大規模単作化し、国際市場の動向に左右される近代農業、農作物輸入自由化、自由貿易が、途上国の農業を脆弱にさせ、その地の共同体を破壊し、「自立」を失わせ、貧困と飢餓を助長してきた。
 近代農業を途上国に教えて、それを「自立支援」だというのは、大きな矛盾だ。
 本当の意味で、途上国が貧困や飢餓から抜け出せるのは、秋津さんたちが高畠で実践しているような「自立」した農のあり方ではないのか。

 日本が農産物の輸入を拡大しても、私たちは生きていける、と秋津さんはしっかりと自信を持っていった。輸入作物が流入したら、真っ先につぶれるのは日本の大規模農家だと。
 大規模農家は機械などの支出が大きく、収入が減ったらやっていけないが、私たちはそういう支出がない、借金もない、信頼関係を作ってきた消費者に買い続けてもらうだけ、買ってもらえなかったとしても、私たちはちゃんと食べて生きていけると。

 輸入拡大への対策として、大規模化を急ぐ日本の農政だけれど、その方向で、本当にいいのだろうか。戸別所得補償が、確かに農家の暮らしを支えることになったとしても、それは単なる対症療法でしかない。本当の意味で、これから日本が目指すべき農業は、高畠にあるのではないか。
 農家が厳しいから国がお金を出す、のは必要だけれど、農家が厳しくならないあり方を描かなければ、日本は食べてはいけない。生きてはいけない。
 
 私にとって、日本が目指すべき理想の農は、高畠にある。
 
 
 

 
 
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