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ごみ屋敷

 忙しかったり、心がすさんでいるときって、部屋も荒れる。
 部屋を片付けたら運気があがったっていとこが言ってたけど、心が落ち着いてると部屋もきれいになる。

 最近たまに報道される「ごみ屋敷」って、この時代の心のすさみの象徴だと思う。

 ごみをためることが趣味な偏屈な人、ではなくて、これは社会の歪み。
 ご近所の迷惑な人特集ではなくて、社会問題としてごみ屋敷を特集できるって、NHKさすがだ。

 NHKの「追跡AtoZ」、今日NHKが追跡したのは、ごみ屋敷。
 
 ごみ屋敷の主に、「なぜごみをためるようになったのか?」を問うと、一番にあがってきたのは、「寂しい」。

 夫婦仲がうまくいかなくて、寂しくて買い物症候群になった人。
 兄を亡くし、一人ぼっちの人。
 いろんな孤立した人が語る。
 「家に愛着がない」
 「誰も来ないし、誰も見ない。まあいっかって思う」
 「家にいるのは寝てるときだけ/パソコンゲームばかりしてる」
 「出すのめんどい」

 年代も職業も様々な人が、共通して語る「寂しさ」「孤立」。そして「無気力」。生きる気力のなさ。
 あるおじいさんは、「死ぬのを待ってるんだ」と言った。希望がないと。

 嫌われ松子の晩年の部屋はごみ屋敷だったなぁ。

 気力のなさにつけこむように、ごみがあふれる。大量消費の社会。
 経済ばかりが優先されて、内需拡大/輸出拡大が叫ばれて、とにかく消費ありきで、安さを求め、たくさん物が氾濫し、人の孤独につけこむ。
 
 ごみ屋敷が増えたのはこの10年。
 自由経済の論理が人の絆を断ち切ってきた、その末路。
 壁が崩壊して20年。資本主義の「勝利」の中で、対抗できる論理を、まだ見つけられていない20年目。
 
 「ごみを片付けるだけでは、この問題は片付かへん」
と豊中市の人は語った。
 解決に取り組んでる豊中市の人がしてたのは、ただその人に「向き合うこと」。
 「節度あるおせっかい」が大事なんだと言っていた。

 私が孤独だなとか、一人だなって思っても、これを見てるあなたがそう思っても、それは別にあなたに価値がないわけでもない。あなたに人望がないわけでもない。労働市場において価値ある労働商品にならなきゃ価値がないなんて、そうやって言ってくる時代の方が価値がない。
 あくせく自分に付加価値をつけることができない私の負け惜しみ。

 かといって、個人がそのまま尊重された百姓たちの地域共同体を理想化してみても、そこでのしがらみに目が言ってない私のたわごと。百姓好きだなぁ。expertじゃなくて、生きることのgeneralist.

 こんな思いを発することが、パソコンに向かってできる、私のせめてものおせっかい。
 

 

 

 

 
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コメント

>こんな思いを発することが、パソコンに向かってできる、私のせめてものおせっかい。
 
共感します。
コメントがつかなくても、読んだ人の心になにかがひっかかって、それが今後、どうつながっていくかわからないもの。どんどん発信してほしいです^^
2009-11-22 13:17 | うっちー #- URL [ 編集 ]

Re: タイトルなし

>うっちーさん

 いつもありがとうございます♪
 どれだけの人に受け入れてもらえているのかは、さっぱりわかりませんが、自分のために発信していこうと思います。多事争論っていうよりは、ただの私の叫びですけどね笑。
2009-11-23 20:07 | 奈穂 #- URL [ 編集 ]

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