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 「いらない」ということ、そして「誰かのために働く」ということ。
 それが大事なんだよと、『千と千尋の神隠し』が言っているような気がする。

 高度近代の湯婆婆の世界。働かなければブタにされてしまうという魔法の中で、名前を奪われ、代替可能な労働商品となって、人々が金のために自分の欲望を満たすために、大きな組織の歯車となって労働する社会。千尋は名前を奪われ千となり、働く。湯屋は、現代のサービス産業。

 そんな中現れたカオナシは、金を出し、金を欲しがる人々の欲望を呑み込んで、その人そのものを呑み込んで、どんどん際限なく肥大化していく。グローバリゼーションを加速させる新自由主義。あらゆるものを商品化し、国家や企業社会、家族、あらゆる共同体を破壊する。なんでもかんでも金と交換可能な商品にしてしまう。つながりの希薄。カオナシはつぶやく。「寂しい」と。

 「もっと欲しい」「もっと豊かになりたい」「もっとお金がほしい」そういう欲望がどんどんカオナシをでかくする。湯屋の人々は金をくれるカオナシを、恐れながらも崇拝し、すりより、そして呑み込まれ、どうすることもできない。

 そんなカオナシを止めたのは、千尋の一言。
 「私、いらない。」

 千尋は、ハクを助けたいと一生懸命だった。金のためではなく、誰かのために、頑張っている。誰かのために、そういう人的つながりが、千尋の生きる原動力で、金なんて関係ない。そういう誰かのためという愛があったから、千尋はカオナシを止めることができた。そして、ハクを魔法から解放できた。

 千尋は、カオナシを、銭婆婆のところへ届ける。
 銭婆婆は、ひっそりとした田舎で糸を紡ぐ前近代の手工業の世界。人が生きていくのには、このくらいが十分で、人の欲望も、ここでは落ち着いていられる。


 私たちは魔法にかかっているんだ。湯婆婆の魔法。
 労働商品にならないとこの現代資本主義を生きていけないと。
 「もっと欲しい」という欲望を喚起されて、自分に労働商品として市場価値をつけて、不安と孤独の中で、あせってあせって、もっと効率的に、もっと合理的に、お金が大事で、進歩だけが大事で、自分の成長が大事で、それが幸せだと信じて。

 そんな魔法から一瞬にして解放してくれるのは、千尋の言葉。
 「いらない」

 誰かのために働くこと、人とつながること。
 人が生きていくために必要なのは、そういうこと。銭婆婆の世界を忘れないこと。
 名前を取り戻して生きること。
 

 千尋に学ぶことって、たくさんある。
 
 

 
 
 

 
 


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