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私は何者でもない。

 ということが、猛烈に不安で仕方なかった。高校時代くらいから。
 今も、大学3年生で、就職活動前で、もちろん悩んでいる友達もたくさんいるけど、自分はこれでいくのだと志を定めてまっすぐ向かっている人がちらほらといる。何も進路に留まらず、学問でも服装でも価値観でも、「自分らしさ」「個性」を磨いている人たちがたくさんいる。
 彼らを見ていると、尊敬の念の裏で、不安にかられる。
 「何者」かにならなくちゃ、という思いが私をかきたてる。自分らしさを見つけなきゃ、自分にしかできないことを、自分の存在意義を確立しなきゃ。

 でも今日思った。
 「何者」でもないことを楽しもうと。

 筑紫哲也氏について、「彼をはめる枠などない」と評した人がいる。彼はよく「間口が広い人」とも評される。政治にしても文化にしても、高尚なものから大衆向けのものまで、何でもこよなく愛した。
 もちろん彼は大物で「筑紫哲也」という人間を確立している。でも、「何者」という枠にとらわれることのない人。彼のように、何でも楽しんでしまえばいいのだ。自分らしさなどまだまだわからん。方向性もまだまだよくわからん。でも、とにかく今は、何でもとにかく、見てみよう。不安をぬぐうことはできなくても、とにかく新しいものを知ろう。まだまだ拡散の時期でいいんだ。収拾はいつになることやら。
 単純なことだけど、筑紫さんのようになろう、何者でもないことを楽しんでしまえ。と、そう思えたら、なんだか、今が楽しい♪
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